委任状、同意書、議事録。形式は決まっているのに、毎回ゼロから書き起こすことになる書類。Phasera では、士業と中小企業の総務担当の方々から「ここを誰かに任せたい」という声をよく聞きます。私たちが組んだのは、書類の枠だけを AI エージェント に下書きさせ、署名欄と要確認事項を人が埋める素朴な設計。確認の手間を数分単位で削る道具です。

課題: 書類下書きは、なぜ手間がかかるのか

書類作成にかかる時間は、文章を書く時間そのものではないと感じます。文面の 9 割は過去案件の流用で済む。問題は、どのテンプレートを開き、どこを書き換え、空欄として残すべき場所はどこかを毎回思い出す時間です。委任状ひとつでも、税務代理か登記かで定型句は微妙に変わります。

複数の士業を兼ねる事務所や、総務担当が一人で複数の書類フォーマットを管理している中小企業では、雛形がローカルフォルダや Google ドライブ、メールの過去ログに散らばっていることが多い。「あの案件で使った委任状、どこだっけ」を探す時間が、1 件あたり 10-20 分。月に 10-15 件の書類対応がある事務所なら、おおむね 週 2-3 時間が探す・思い出す作業に消えている計算になります。

加えて、下書きの最終確認は結局、士業本人。誰かに頼める仕事ではありません。だからこそ、AI に「下書きまで」を任せ、責任が伴う部分だけを残す線引きが重要になります。

設計: AI に任せる範囲、人間に残す範囲

設計の核は「下書きの境界線」。最初に決めたのは AI が何をしないかでした。

AI に任せた範囲は、書類タイトルの選定、定型的な前文・本文・末文の構成、入力された当事者情報の本文への反映、空欄として残すべき箇所の明示の 4 つだけ。人に残した範囲は、法的有効性の判断、固有名詞や金額の確定、印鑑・押印・日付の確認、提出先の指定書式との突き合わせです。

この線引きは、私たちが 伴走 と呼んでいる原則そのものでもあります。AI に任せる処理範囲を増やすほど、確認の負荷は逆に増える。「これは合っているのか」を士業本人が一行ずつ読み直す羽目になるからです。

そこでエージェントの出力には、必ず「【要確認事項】」セクションを最後に置きました。空欄や曖昧な箇所をエージェント自身が箇条書きで列挙し、人がチェックリストとして使える。AI が安定して出力できる範囲と、人が責任を持って埋める範囲を、構造として分けてしまうという発想です。

実装の核: System Prompt

エージェントの挙動は、System Prompt の「厳守ルール」でほぼ決まります。重要なのは、出力フォーマットを 4 ブロックに固定したことと、確約表現を明示的に禁止したことの 2 点です。

1. 必ず日本語で、書類として通用するフォーマット(タイトル、本文、署名欄、日付)で書く
2. 出力は以下の形式に厳密に従う:
   【書類タイトル】 / 【本文】 / 【署名欄】 / 【要確認事項】
3. 法的に空欄を残すべき箇所は「【要確認】」または「______」のプレースホルダで明示する
4. 確約や法的助言と取られる表現は避ける
   (「これで法的に有効」「税務署に通る」などは禁止)
5. 最後に「※ この下書きは AI が生成したものです。
   法的有効性については士業本人による最終確認が必須です。」を入れる

特に 3 番のプレースホルダ規則は、運用上の安全弁として効きます。住所や日付など、AI が推測で埋めると事故につながる箇所を必ず空欄で残させる。これで「埋める場所」と「読み直す場所」が一目で分かります。

確約表現の禁止も意図的です。AI が「税務署に通ります」と書くと、利用者と士業の間で齟齬が生まれる。下書きはあくまで下書きだ、と文末の一文で明示しました。

動作確認: 入力と出力

実際の入出力を示します。委任者・受任者・委任内容の 3 つを与えるだけで、書類フォーマットの体裁が整った下書きが返ります。

{
  "docType": "委任状",
  "parties": "委任者: 株式会社サンプル 代表 山田太郎\n受任者: 鈴木一郎 税理士",
  "summary": "2026年3月期の法人税申告について、税務代理および税務書類の作成を委任する。"
}

返ってきた下書きから、本文と要確認事項を抜粋して整形すると次のようになります。

【書類タイトル】委任状

【本文】私は、株式会社サンプル(代表:山田太郎)として、以下の事項について鈴木一郎税理士に委任いたします。1. 2026年3月期の法人税申告に関する税務代理 2. 上記に関連する税務書類の作成。本委任状は、上記の業務を遂行するために必要な権限を鈴木一郎税理士に付与するものです。

【署名欄】委任者:株式会社サンプル/代表者名:山田太郎/住所:______/日付:年______月______日/受任者:鈴木一郎/住所:

【要確認事項】住所欄に委任者および受任者の住所を記入する必要があります。日付欄に適切な日付を記入する必要があります。

※ この下書きは AI が生成したものです。法的有効性については士業本人による最終確認が必須です。

注目してほしいのは、住所と日付が ______ で残っていること。AI は与えられていない情報を補完せず、「ここを埋めてください」と人に渡します。確認作業が「全文の見直し」から「空欄と要確認事項のチェック」に変わります。

アーキテクチャ: なぜ Edge Function + AI Gateway なのか

このエージェントは、Vercel の Edge Function 上で動かし、モデル呼び出しは AI Gateway 経由にしています。理由は経済性と運用負荷の 2 点です。

経済性の話を具体的にすると、今回の委任状下書きで使ったトークンは 1 リクエストあたり 796 トークン、コストにして約 0.00024 ドル。1 ドル 150 円換算で、1 リクエストあたり約 0.03-0.04 円です。月 100 件生成してもモデル利用料は 3-4 円程度。中小企業向けに月額数千円のサービスとして提供しても、原価がほぼ無視できる水準です。

運用面では、Edge Function に乗せることでコールドスタートが短く、サーバ管理も不要。AI Gateway を挟むことで、モデルの差し替えをコード変更なしで試せます。後から「もう少し賢くしたい」「もう少し安くしたい」を調整できる余地を残しました。

制約と限界

このエージェントにできないことを率直に書いておきます。

第一に、提出先ごとの指定書式には対応していません。法務局や税務署が定める様式がある書類は、雛形 PDF への流し込みが必要で、その部分は人手で処理します。第二に、法的有効性の判断はしません。文面が法的に通るかは、必ず士業本人の最終確認が必要です。第三に、事務所ごとの言い回しや独自フォーマットには、現状では追従できない仕組みです。

今後はテンプレート登録機能として拡張する予定ですが、現時点では「定型書類の最初の 80% を整える道具」と捉えてください。

試してみたい方へ

書類下書きエージェントは、Phasera で士業・総務向けに 伴走 で導入しています。雛形整備から運用ルール設計まで、目安として 2 週間・¥80-140 万の試算です。気になった経営者の方は phasera.jp/#call からどうぞ。