問い合わせメールへの一次返信は、内容が定型に近いほど後回しになりやすい仕事です。返信が遅れるほど、相手の温度は下がる。Phasera が扱った AI エージェントのなかでも、もっとも依頼が多いのが、この「問い合わせ自動応答」の領域でした。本記事では、士業や中小企業のバックオフィス担当者の方を想定して、実装の核と設計判断を共有します。完全自動送信ではなく、人間の確認を残す伴走型としての設計です。
課題: 一次返信は、なぜ手間がかかるのか
問い合わせフォームや代表メールに届く新規連絡は、件数こそ多くなくても、対応の重みが意外に大きい領域です。多くは「初回面談を相談したい」「見積もりを依頼したい」といった、ほぼ定型に近い内容。しかし、相手の名乗りを取り違えないこと、業種に合わせた敬語の選び方、確約と非確約の境界、これらを毎回ゼロから書き起こすのは、思っているより神経を使う作業です。
Phasera が士業や中小企業の経営者の方々にヒアリングしたところ、一次返信ひとつに 5〜15 分 を費やしているという声が多く聞かれました。月 40 件の問い合わせがあれば、それだけで月 4〜10 時間。担当者が他の業務と並行している場合、返信までの平均リードタイムが翌営業日にずれ込み、初動の遅れがそのまま機会損失につながるケースもあります。
ここで Phasera が選んだのは、AI に「送信」までやらせるのではなく、「下書き作成までを完全に任せ、最終確認は人間に残す」という割り切りでした。法人代表や士業の名前で発信する以上、最終ボタンは人が押す。これが原則です。
設計: AI に任せる範囲、人間に残す範囲
設計の出発点は「何を AI に任せないか」を先に決めることでした。送信、金額の確約、固有名詞の補完、この 3 つは人間に残す。逆に、業種に応じた言い回しの選択、定型的な構成への落とし込み、敬称や結びの組み立ては、AI に任せます。
入力として受け取るのは 3 つだけ。業種(士業 / 人材派遣 / その他)、希望するトーン(丁寧 / フランク)、そして問い合わせ本文。出力は、件名と本文がセットになった日本語ビジネスメールの下書き。差出人名は固定で [担当者名] というプレースホルダにし、勝手に固有名詞を作らないよう Prompt で縛りました。
体言止め、要件の固定。あえて自由度を絞ったのは、士業や経営者の方が「そのまま送れる文面」を求めていたからです。ハルシネーションを許容するほどの余地がない領域で AI エージェント を使うときの基本姿勢でもあります。確約を避けるための「〜の件、確認の上でご連絡します」という形に倒し、面談日程の確約や金額の言及は一切させない。この制約を Prompt の中で明示することで、現場担当者の方が下書きを読み返す時間そのものを短くできます。
実装の核: System Prompt
実装の中心は、わずか 30 行ほどの System Prompt です。役割定義、出力フォーマット、業種別の語彙、トーン、そして禁止事項を、上から順に短く積み上げる構造にしました。全文の掲載は避けますが、性格を決めている部分だけを抜粋します。
あなたは中小企業のバックオフィス担当アシスタントです。
新規お問い合わせメールに対する一次返信メールの下書きを作成します。
# 厳守ルール
- 出力は「件名: 〇〇」+ 空行 + 本文の形式に厳密に従う
- 業種に合わせた専門用語(士業なら「ご相談」など)を意識する
- 推測で確約しない(「承知しました」ではなく「確認の上でご連絡します」)
- 個人情報や金額の確約はしない
- 差出人は「[担当者名]」のプレースホルダで固定する
- 末尾に「AI による下書きです。送信前にご確認ください。」を必ず入れる
ポイントは、出力フォーマットを「件名 + 空行 + 本文」と固定したこと、そして「確約しない動詞」を例示で縛ったことです。前者は受信側のメールクライアントでそのまま貼り付けやすくするための実務的判断。後者は、モデルが「承知しました」と出力しがちな傾向を、Prompt 側で先回りして塞ぐためのものです。最後の一文「AI による下書きです」を必ず入れさせる設計も、社内レビューを通す上で重要でした。
動作確認: 入力と出力
実際の動作を、士業向けの問い合わせで確認します。入力 JSON は次のかたちです。
{
"industry": "士業",
"tone": "丁寧(標準)",
"inquiry": "はじめまして、〇〇株式会社の山田と申します。法人税の申告について顧問契約をお願いしたく、初回面談を相談させていただけますでしょうか。"
}
これに対して返ってきた下書きを、実務で扱う形に整形して引用します。
件名: 顧問契約に関する初回面談のご相談について
山田様
はじめまして。〇〇株式会社の[担当者名]と申します。この度は、法人税の申告に関するご相談をいただき、誠にありがとうございます。
初回面談の件について、承知いたしました。具体的な日程やご希望の時間帯についてお知らせいただけますと幸いです。こちらで調整の上、改めてご連絡させていただきます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
※ この返信は AI による下書きです。送信前に内容をご確認ください。
注目したいのは、日程を「承知しました」とは書かず「調整の上、改めてご連絡します」に倒している点、差出人を [担当者名] のまま残している点、そして AI 生成である旨が末尾に残っている点です。Prompt の制約が、そのまま出力に反映されています。現場担当者の方が手を入れるのは、差出人名と、必要なら一文の追記だけ。所要時間の目安は 1〜2 分 に収まります。
アーキテクチャ: なぜ Edge Function + AI Gateway なのか
実装側の選択は、Vercel の Edge Function と AI Gateway の組み合わせです。理由は 3 つあります。第一に、問い合わせの返信下書きは、月の波が読みにくく、突発的に集中することがある。サーバー常時稼働ではなく、リクエスト単位で起動する Edge Function のほうが、固定費を抑えやすい構成になります。
第二に、AI Gateway を介することで、モデルの選定をコードから切り離せること。Phasera では現在、GPT-4o mini 系を中心に使っていますが、プロバイダ側の値下げや新モデル登場のたびに、コード変更なしで差し替えられるのは大きい利点です。第三に、コストの見通しがつくこと。今回の Prompt 設計では、1 リクエスト あたりおよそ 0.03 円 に収まる試算です。月 100 件で 3 円程度。サーバー代より、フォームの送信通知メール代のほうがよほど高くつく水準です。
制約と限界
正直に書くと、できないこと、人が必要なことも残ります。第一に、過去のやり取りの文脈を踏まえた個別対応は苦手です。今回の設計は新規問い合わせの一次返信に絞っており、継続案件の進捗確認には別の設計が要ります。第二に、相手の固有名詞や案件番号を本文から取り違える可能性はゼロではありません。だからこそ、私たちは人間の最終確認を必ず挟む設計にしており、文脈取り違えのリスクが残るため、下書きの読み返しに 1〜2 分を確保することを運用ルールとして推奨しています。
そして、AI 任せにしたい誘惑にどう抵抗するか、という運用面の課題も残ります。経営者や士業の名前で発信する文面である以上、確認を省く運用にはしないこと。これは技術ではなく、現場担当者の方とすり合わせる 伴走 の領域です。
試してみたい方へ
「うちの問い合わせもこの形でいけるか」を、まずは 30 分の打ち合わせで一緒に判断します。業種ごとの言い回しの調整や、社内レビュー導線の組み方も含めて、phasera.jp の問い合わせフォームからご相談ください。